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物語を旅する
- 2010/08/26(Thu) -
本を読んで感動するとか、生き方が変わるとか、

そういうものは二次的なものにすぎないと、つくづく思います。

あくまでも基本は、物語は楽しいということ。

別に愉快な物語でなくても、とても悲劇的な物語でも、

その物語のなかに行くっていうことは単純に楽しいことなんです。


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そこに行かなければ会えない登場人物がいたり、

見られない風景があったりするわけでしょ。

それが好きなんです。

しかも、安全に帰ってこられるし。


                  江国香織著 「物語の復権」より



それは ついこのあいだ

ほんの百年すこしまえの物語。



たとえばたとえば。

サルスベリの木に惚れられたり。

床の間の掛け軸から亡友の訪問を受けたり。

飼い犬は河童と懇意になったり。

白木蓮がタツノオトシゴを孕んだり。

庭のはずれにマリア様がお出ましになったり。

散り際の桜が暇乞いに来たり。

と、いった次第の本書は、

四季お折々の天地自然の「気」たちと、

文明の進歩とやらにいまひとつ棹さしかねてる

新米精神労働者の「私」と、

庭つき池つき電灯つき二階屋との、

のびやかな交歓の記録である。





そんな帯の言葉に魅かれ、

梨木果歩著「家守綺譚」を手にしたのは6年前のこと。

この世とあの世、現実と空想が溶け込んだような物語のなかに

なんどもなんども遊びに行きました。


好きな友達なら何度でも会いたくなるように。

心安らぐ場所にふらりと足が向くように。


私のなかにあるサルスベリやリュウノヒゲにまつわる物語と

リンクさせながら・・・

ときには犬のゴローの視線で風景を切り取ったり。

ダァリヤの君とのことに思いを馳せたり。





この物語に描かれた場所を娘とふたりで歩いてみたいと思っています。

私のなかにある物語の風景を塗り替えることになるかもしれないけれど。

「ほんの百年すこし前」の景色は存在しないことは分かっていても。

安全に帰ってこられる保障もないけれど。

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コメント
-いいですね。-
どんな風に心あそばせているか、
そんなことが伝わってきたような思いがしました。

私って、遊べないな~と実感しつつ。
2010/08/26 14:32  | URL | こすもす #-[ 編集] |  ▲ top

-こすもすさん♪-
こんな読み方しかできなくなりました。
成長のないことですが、楽がいちばん^^

知識を得たいと、買った本は貯まる一方。
2010/08/27 08:34  | URL | こすもすさん~風花 #-[ 編集] |  ▲ top


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