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明日の記憶
- 2006/06/18(Sun) -
「私がいます。 私が ずーっとそばにいます。」



‘明日の記憶’を観ました。

「お前は平気なのか?俺が俺じゃなくなってしまっても。」
「平気じゃないよ。私だって怖い・・・・・」

自分が、壊れてゆく・・・
記憶がこぼれ落ちていく・・・
自分が・・・自分だけが。

その戸惑いと怖れと苦悩と葛藤。



若年性アルツハイマーに侵される恐怖に誰もが身につまされるのではないでしょうか。
生きるということ。人を愛するということを問いかけた心に残る映画でした。

人の記憶に最後まで残るものは‘愛’。
愛する人の苦しみを、支え励まし共に生きる。
そこに在るのはずっと変わらず育まれてきた‘愛’なんですね。

「私がいます。 私が ずーっとそばにいます。」
愛する人の手をとってそう言えることは幸せなこと・・・だと、思いました。


渡辺謙・樋口可南子の演技はもちろんですが、登場人物それぞれの言葉が深く心に残るすばらしい映画でした。


冒頭のシーンの大きな窓いっぱいに広がる夕映えの空がとても美しかったです。




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夕暮れ時の感情
- 2006/06/12(Mon) -
誰もが夕暮れ時は寂しいもの・・・
それは太古の昔から繰り返し人の遺伝子に書き込まれた感情なのだろう。
人が生きていく為の・・・寂しさの向こうにある温かい場所を忘れない為の。



寂しさは隙間風のように心に吹き込んでくる。

その寂しさに捉われた生き方をしてはいけないけれど、
寂しいという感情は決して負の感情ではないと思うのです。

だってね、こんな時こそ、そばにいてそっと手を握ってくれる人の温かさを知ることができるでしょ。
寂しさに打ちひしがれている人の心に寄り添ってあげることができるのは、寂しさを知っている人にしかできないことだと思うから。



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ニーレンベルギア
- 2006/06/10(Sat) -
私の気まぐれにめげず健気に咲く花。愛しい花。



花の季節になると衝動的に園芸店に出かけ、気まぐれに買い求める花の苗。
そのほとんどは宿根性のものでも冬が越せずに枯らしてしまうのです。

愛情も注がず、手をかけることもせず、
「ここの気候に合わなかっただけだわ」
と、枯れてしまった花たちをあっさりあきらめるのは私の傲慢ですね。

冬、雪をかぶった姿を横目で見ながら、何もしてあげなかったのに
季節を迎えるとこんなに見事に咲いてくれる花もあって
そんな健気な姿をみると、今さらながら心が痛んで
「ごめんね。ごめんね。ありがとう~」
と、即効性の液肥を与える。

傲慢な私の、季節外れの「お礼肥え」。



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「*風花舎」もよろしく~♪
- 2006/06/08(Thu) -
あたらしい風は私をどこへ運んでくれるのかしら。

きっとだいじょうぶ・・・・・今ならそう思える。




新しい「*風花舎」にようこそ♪


ひとりごとしか言えない私ですが、リンクしていただけると言う優しいあなた。
コメントを残していただけたら嬉しいです。





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